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書評おおたとしまさ『ルポ名門校 ―「進学校」との違いは何か?』、 (ちくま新書) 2022/4/7

 本書は、男女御三家、地方公立名門校など全30校を丹念に取材し、「名門校」は単なる「進学校」と何が違うのかを明らかにする。そこには、旧制中学、藩校、女学校、大学予科など系譜別に、「家付き酵母」が棲みついていると言う。そして、名門校に受け継がれる文脈の壮大さ、奥深さ、そして人間臭さを知ってしまうと、偏差値や進学実績といった基準や場当たり的な教育改革議論は無意味に感じると言う。著者は、名門校の特徴として、自由、ノブレス・オブリージュ(身分の高い者の責任)、反骨精神の3つを挙げる。そして、目先の利益にとらわれない本当の意味でのこれらの教育の成果は遅れてやってくると言う。評者は、多忙に追われ、短期間で成果を数値で出すことに迫られる学校の現状を考えると、これに対して、エリートとしての社会還元の「責任」を生徒にとらせようとする名門校の高い姿勢を貴重だと思う。考えてみれば、このような責任感こそ、まっとうな学びの意欲や社会に出てからの自負につながるのだと考える。



書評


おおたとしまさ
ルポ名門校 ―「進学校」との違いは何か?
(ちくま新書)
¥1,100
出版社:筑摩書房
発売日:2022/4/7


 本書は、男女御三家、地方公立名門校など全30校を丹念に取材し、「名門校」は単なる「進学校」と何が違うのかを明らかにする。そこには、旧制中学、藩校、女学校、大学予科など系譜別に、「家付き酵母」が棲みついていると言う。そして、名門校に受け継がれる文脈の壮大さ、奥深さ、そして人間臭さを知ってしまうと、偏差値や進学実績といった基準や場当たり的な教育改革議論は無意味に感じると言う。著者は、名門校の特徴として、自由、ノブレス・オブリージュ(身分の高い者の責任)、反骨精神の3つを挙げる。そして、目先の利益にとらわれない本当の意味でのこれらの教育の成果は遅れてやってくると言う。
 著者は言う。学校とは、校舎があって教師がいて生徒が集まればできる無機質なシステムなのではない。ひとの成長に時間が必要であるのと同じように、学校も時を経て成熟する。経済合理主義的な[スクラップ・アンド・ビルド]のような考え方は学校や教育にはそぐわない。教育をいじるのであれば、どこを変えるべきで、どこを変えてはいけないのかを的確に区別しなければならない。不易と流行である。建学の精神や教育理念など、不易の部分を変えてしまったら、その学校はその学校でなくなる。外圧によって名門校をいじり回すことは、樹齢数百年という大木をいじり回すこと。
 いまこの国に、本当に『教育危機』が存在するのであれば、それは子どもたちの学力低下や教員の質の低下などではなく、本質的に、教育における不易が十分に議論・理解されていないことだと筆者は言う。筆者の言う不易の部分とは、「ひとはなぜ勉強するのか」[生きる力とは何ぞや]「教育の目的は何か」という類のことである。
 ほとんどの名門校で教養主義を謳っている。何か特定の目的のためにすぐに使えるスキルを身につけることを目的とするのではなく、全人格的な能力の増幅、視野の拡大、思考の深化を教育の目標に掲げていると著者は言う。日本では、教育が勉強という役務と引き替えに社会的優位を得る商取引になった。だが、名門校では、教育の過程で共同体意識も涵養される。良いものは、独り占めするのではなくみんなで分け合ってこそ自分自身も含めた全体が豊かになれることに気づく。その意識は、最初は学校という共同体の中のみで実感される。しかし学校という枠組みを飛び出せば、それが社会令体にも通用するものであると徐々にわかる。それまで蓄えてきた力を、いよいよ社会に還元するときがやってくる。著者はこれをノブレス・オブリージュ(身分の高い者の責任)と呼ぶ。自らが蓄えた力を少しでも社会に還元でき、自分の行動に誇りを感じられるようになったとき、初めて母校の教えの意味が実感できる。その偉大さがおぼろげに見えてくるのだと言う。
 著者は、名門校に共通する特徴として「反骨精神」を挙げる。開成にしても、麻布にしても、済々黌にしても、時代の狭間で辛酸をなめた者がつくった。良妻賢母思想に対するアンチテーゼとしで生まれた女学校も多い。不利な条件に耐え忍んで宗教教育を続けた学校もある。地方においては、中央集権的な権力構造に対する反発心が公立名門校の底力になっている場合が少なくない。戦時中においても自分の信念に忠実で気骨を見せた学校が、時代は変わっても、未だに社会に批判的視線を向けるその姿勢は変わらない。社会を変える力になるためには、現行の社会に対して常に疑いの目をもたなければならない。教育が時の為政者の意のままになってしまったら、時の為政者に対する批判の声は上がらなくなる。だから、教育の独立性は保たれなければいけないのだと言う。
 著者は言う。名門校に通えるひとは社会のごくひと握りである。しかし彼らは、ときに社会的弱者のぶんまで力を尽くし、既得権者としての地位に甘んずることなく、常に批判的視点をもっていなければならない。現行社会における優等生ではないリーダーとしての役割を期侍されている。それが新しい時代を切り拓き、彼らが正統とされたとき、社会はまたひとつ新しい階段を上ったことになるのである。一定数の異端的リーダーを育てることも、名門校の社会的役割のひとつである気がする。
 著者は、「SSHやSGH(高度な科学教育やグローバル教育)より大事なもの」として次のように述べている。学校には、時代や社会情勢の変化に対応できるように、多様性が必要。常にさまざまな取り組みをし、いいものが残り、良くないものは消える。そういう新陳代謝が必要だ。一方で、基幹的要素に閔しては変えてはいけない。それが建学の精神もしくは教育理念に当たる。そこがぶれるようでは学校は崩壊する。
 だから、どうしても教育理念とは相容れないプログラムには拒絶反応を示す。たとえば旧制七年制高校時代から大学並みの理科教育を行ってきた武蔵は、あえてスーパーサイエンスハイスクール(SSH)申請を見送った。自律的教育システムが戌熟している武蔵においてSSHのような新しい概念を取り込むことは、里山の環境に外来種を招き入れるのと同じだからだ。また、創立当初から「使える英語教育」で知られる鴎友は、スーパーグローバルハイスクール(SGH)の申請を見送った。国が掲げる「グローバル人材」育成の目的と、鴎友自身が思うグローバル教育が一致しなかったからだ。著者はSSHもSGHも良い取り組みだと思うとしつつ、真新しい看板が似合う風景とそうでない風景があると言う。武蔵や鴎友のような判断ができるのは。教育理念が学校を守る免疫として機能している証拠だろうと著者は言う。
 評者は、多忙に追われ、短期間で成果を数値で出すことに迫られる学校の現状を考えると、これに対して、エリートとしての社会還元の「責任」を生徒にとらせようとする名門校の高い姿勢を貴重だと思う。考えてみれば、このような責任感こそ、まっとうな学びの意欲や社会に出てからの自負につながるのだと考える。


【目次より】
序 章 日比谷高校の悲劇
第1章 旧制中学からの系譜――開成、東海、麻布、浦和、済々黌
第2章 藩校からの系譜――米沢興譲館、修猷館、鶴丸、修道
第3章 女学校からの系譜――女子学院、雙葉、神戸女学院、浦和第一女子
第4章 大学予科・師範学校からの系譜――慶応、早大学院、お茶の水、筑駒
第5章 大正・昭和初期生まれの学校――武蔵、桜蔭、東大寺、灘
第6章 戦後生まれの星――栄光、ラサール、駒東、聖光、渋幕
第7章 学校改革という決断――海城、豊島岡、?友、堀川
終 章 進学校と名門校は何が違うのか?

【全国30校を取材。名門校に棲む「家付き酵母」の正体に迫る。】
▼組織の中でも個性を発揮できる青年を育てる――開成(東京都・私立)
▼したたかな気骨あってのゆるやかさ――東海(愛知県・私立)
▼人生を自由に生きる術を伝授する――麻布(東京都・私立)
▼少なくとも三兎を追え――浦和(埼玉県・県立)
▼進学実績が落ちても人気が落ちなかった強烈な校風――済々黌(熊本県・県立)
▼ひととしてどうあるべきか――米沢興譲館(山形県・県立)
▼修猷を誇るな、修猷が誇る人になれ――修猷館(福岡県・県立)
▼他者のために、勉強するところである――鶴丸(鹿児島県・県立)
▼かっこいい男になれ――修道(広島県・私立)
▼生徒たちの本質的な自由さを引き出す――女子学院(東京都・私立)
▼時代の空気を読みしたたかに生きる――雙葉(東京都・私立)
▼自由を守るために、じっと我慢する強さ――神戸女学院(兵庫県・私立)
▼すべてにおいて一流であることが当たり前――浦和第一女子(埼玉県・県立)
▼正統から異端が生まれ、異端が正統になる――慶應義塾普通部・慶応義塾高等学校(神奈川県・私立)
▼旧制高校の教養教育を受け継ぐ――早稲田大学高等学院・中学部(東京都・私立)
▼自ら伸びようとする意欲と力――お茶の水女子大学附属(東京都・国立)
▼本当の厳しさを教えるための自由――筑波大学附属駒場(東京都・国立)
▼「教育とは何か、学問とは何か」を発信する――武蔵(東京都・私立)
▼品性と学識を兼ね備えた人間であれ――桜蔭(東京都・私立)
▼生徒たちを信じ、好き勝手にやらせてみる――東大寺(奈良県・私立)
▼日本一どころか世界一を目指せる学校――灘(兵庫県・私立)
▼ほんわかとした校風の中に厳しさがある――栄光学園(神奈川県・私立)
▼元祖「塾要らず」――ラ・サール(鹿児島県・私立)
▼ものの見方考え方を合理的科学的にする――駒場東邦(東京都・私立)
▼想像力や知的好奇心を育む情操教育――聖光学院(神奈川県・私立)
▼教育の集大成は進学実績よりも自調自考論文――渋谷教育学園幕張(千葉県・私立)
▼本当にイケてると思う?――海城(東京都・私立)
▼名物「運針」の精神で生徒が伸びる――豊島岡(東京都・私立)
▼安心感を与え自己肯定感を高めれば学力も伸びる――?友(東京都・私立)
▼優等生ではないリーダーを育てたい――堀川(京都府・私立)




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