書評池上惇,池田清,金井萬造『「ふるさと創生」学びと結(ゆい)開拓者精神の復権−京都 神戸 遠野・住田からの問いかけ−』社会評論社、2022/11/17
わが国には「困ったときはお互い様」という言葉がある。何事も補助金頼みというケインズ主義的な政府依存型発展ではなく、学びと結によって「人々が自由に考え、構想し、実践できる実験重視社会」を本書は提唱する。評者は考える。教育政策も経済政策も目新しい言葉が飛び交っている。しかし、その中身は、よく見るととくに斬新なものではない。これを追いかけるだけでなく、人々が築き上げてきた歴史的、文化的な学びと結の源泉を見出し、これを発展させることが求められている。
書評
池上惇,池田清,金井萬造『「ふるさと創生」学びと結(ゆい)開拓者精神の復権−京都 神戸 遠野・住田からの問いかけ−』社会評論社、2022/11/17
本書は、京都の市民大学院と阪神・淡路大震災の被災地神戸、東日本大震災の復興を支援してきた遠野・住田の「学びあい育ちあう」交流について紹介している。この交流の背景には、過去、さまざまな天災や人災などの苦難のなか、生きる道を探し求め、生き延びる力(レジリエンス)を育んできた歴史があると言う。本書は、三都のレジリエンスの経験と知恵に学びつつ、「人間復興」と「自立自営の開拓者精神」による「ふるさと創生」を展望することを目的としている。
本書は言う。復興とは、被災者が、元、暮らしていた土地(ふるさと)に戻り、生活や生を再建したいという願いにこたえることである。つまり、人と人、人と土地のつながりや愛着を再建し、被災者の「生活の質」の向上をはかること、すなわち、「ふるさと創生」と「人間復興」である。「人間復興」の思想は、人間認識の覚醒、すなわち人が「人として生きる」ことの大切さと、政治・経済・社会の「改革」を意味していていた。大震災は、「ボランティア元年」と呼ばれたように多種多様なボランティア活動が繰り広げられ、「特定非営利活動促進法」(1998年施行)や「被災者生活再建支援法」(1998年制定)を生み出す契機となったのである。我が国には、「困ったときはお互い様」という諺のような言葉がある。それは、「私もあなたと同じ人間なのだから、あなたが困っていることはよくわかります。ですから、困ったときには助け合いましょう」という気持ちを表している。現代は、科学技術が高度に発展しつつ、利己的競争主義が跋扈し、さまざまな自然的、人為的災害が引き起こされ、多くの人々が苦難に瀕している時代である。だとすれば、個人を尊重する「人間復興」の「ふるさと」が求められているのではないだろうか。何事も補助金頼みという、ケインズ主義的な政府依存型発展ではなく、自由な働き方を尊重し、公正な市場形成や減税政策を伴いつつ、「人々が自由に考え、構想し、実践できる実験重視社会」が期待されているのである。
本書の構成については、次のように説明されている。
本書は、1部「ふるさと喪失と創生」、2部[なぜ、いま、京都、神戸、遠野・住田なのか、3部「ふるさと創生の展望」の3部構成である。
1章「学習、協調、自治による個人の尊重、生命、自由、幸福追求権の展望」では、人間の生命の本質が、生命の維持と繁栄、自由と幸福を追求するものであること、その際に学習、自治という営みが欠かせないこと、そして、日本の自治の歴史とその可能性を明らかにした。
2章「なぜ、いま、京都・神戸・遠野、住田なのか一日本国上開発における三つのモデル」では、地域の「森・里・海」の連環を重視し、農村と都市が共生する地域へ転換する道筋をあきらかにした。
3章「京都−経済観光の都市経営から文化観光の地域自治経営へ」では、京都の観光は、町衆の自立自営の伝統を引き継ぐ「竈(かまど)金の精神」の自治力や、自由や創造性を尊重し、住み心地よき都市をつくることが求められていることを検証した。
4章「京都のまちづくり・観光の伝統と文化資本を生かした地域創生ヘ、経済発展に合わせた発地型観光からコミュニティの自治と学び合いに寄り添う型観光の展開ヘー]では、京都の歴史とまちづくりを通じて、地域再生がユニティの自治と自律に寄り添う観光機能を生かした観光まちづくりにあることを解明している。
5章「神戸市都市経営と創造的復興の検証−都市経営から地域自治経営へ」では、大規模巨大開発による経済成長主義」では、大規模巨大開発による経済成長主義の都市経営から、住民の生活圏である小・中学校区を単位とした住民主体の自治・協同の地産地消の地域経営へ転換することが求められていることを検証した。
6章「人間の誇りを基礎に生まれた神戸教育文化協同組合」では、子育てを地域住民の協同の力で行うことで、人間発達と地域の民主主義を推し進め、差別の壁を打ち破る実践事例を紹介した。
7章「人間尊重における学びあい育ちあいの思想−源流の集落を生きる暮らしの和・作法」では、「森里海」の「いのち」の循環の基層にある縄文の源流文化を検証している。。
8章「今を生きる『私の遠野物語』と『ふるさと創生大学』の展望」は。遠野物語のオシラサマ信仰の「繭伝説」に遠野地域の開拓者精神を見出している。この地域につくられた「ふるさと創生大学」も開拓者精神の具現化なのであろう。
9章「遠野から考える内発的発展」では、遠野や住田などの過疎地域において内発的発展が求められているが、その担い手に着目している。遠野の産直を事例に、個人が地域の担い手になるには、地域への愛着や関心と、地域における「自らの可能性」の実現を経済的に支えるだけの仕事が必要となることを検証している。
終章では、「ふるさと創生」の展望が、宮本常一が発掘したコミュニティの「寄り合い」における「満場一致」の習慣や、二宮尊徳の民間主導の地域と生活づくりの「仕法」を現代社会と地域・都市づくりに生かすことが求められていることを解明した。
本書は、地域経営のあり方について、次のように述べている。
日本社会と「ふるさと創生」の展望は、ケインズ革命を超えるものを構想することが決定的に重要である。ケインズは、マルクスと同様に「人権の経済的な基礎」における経営者の役割については深く研究していない。その意味では、「民間主導」「商人」など、多様な市民の公人化思想がないと言えるかもしれない。
国家破産回避の方向としては、報徳仕法を基礎とし、民間力を重視しつつ、政府の浪費を制御すること、とりわけ、増大する福祉ニーズに応答しつつ、世界的な軍事費の膨張に注目し、国際的な軍縮協定への世界市民の世論が必要である。
現在、地球温暖化など環境問題や、ウクライナ戦争で輸入燃料や食材などの高騰のなかで、地域分散の地産地消の再生可能エネルギーや食糧自給への動きがみられる。また、コロナ禍のなかでテレワークが普及し、工場やオフィスが地方への移転を構想し始めている。そして、地方では、自治の最小単位である、学区や地区における経済力の動向について、「地域コミュニティに眠る潜在資源」を発見し、自治の最小単位が経営する「経営ノウハウ・地域資源・エネルギー源」に注目が集まる時代となった。では、地域コミュニティが自治の最小単位として再生し、経済力を持つとすれば、それは、どのような経営体を誕生させるのであろうか。それは、日本各地の「地区」「学区」において、「働きつつ学べる」通信制の大学や大学院を創設し、これらの教育研究システムと、地区や学区の公民館・「みんなの家」などの自治単位が連携して、「現場を持った学校」「公民館を主軸とした自治単位」が、再生可能エネルギーなどの発電施設を持ち、教育投資と研究開発投資を無料で実施できる経済力を備えて、中小規模の私有経済における創造性を生かしながら、公正な競争環境を生み出し、「民間公共財」としての自治の仕組みを生み出す過程であろう。ここに「ふるさと創生」の展望を見出すことができるであろう。
教育政策も経済政策も目新しい言葉が飛び交っている。しかし、その中身は、よく見るととくに斬新なものではない。これに惑わされることなく、人々が築き上げてきた歴史的、文化的な学びと結の源泉を見出し、これを発展させることが求められていると評者は考える。
目次
1部 ふるさとの喪失と創生
まえがき ・・・ 池田清
1 今、なぜ、「ふるさと」なのか/2 災害列島日本/3 「結」の心と災害復興
序 章 京都、神戸、遠野・住田の新・三都物語
池上惇・池田清
本書の目的/1 「都」と自由/2 神戸、京都、遠野・住田の学び合い、育ち合い―災害復興における助け合いと交流―/3 本書の構成
第1章 学習、協調、自治による「個人の尊重、生命、自由、幸福追求権」の展望
池田清
1 はじめに/2 憲法13 条「個人の尊重、生命、自由、幸福追求権」と学習/3 生命の本質 ―協調・共生と競争・闘争―/4 人間的可能性と学習/5 学習と感情、知性(理性)/6 情動、感情と知性(理性)/7 日本における個人の自立と自治の歴史と可能性/8 おわりに ―中央集権的官僚制から自治と分権へ―
2部 なぜ、いま、京都、神戸、遠野・住田なのか
第2章 なぜ、いま、京都、神戸、遠野・住田なのか ―日本国土開発における三つのモデル―
池上惇・白石智宙
1 はじめに ―「巌・源流から山里を経て海に至る古代人の道」を再生する―/2 海に開かれた盆地形成の意味 ―治山治水事業による小農育成の歩み―/3. 人間発達の知識結を定着させた京都・神戸・遠野、住田/4 文化を創造する人々と職人の力量を発揮する人々/5 高天原の発見―日本固有の個性的差異を生かしあう、開かれた地域学習コミュニティ /6 忘れられた日本人を取り戻す ―宮本常一の視点―/7 開拓者精神と生命生活を生み出す力量 ―現世で実現される高天原―/8 二宮尊徳による地域経営論の確立/9 企業経営における多様性の展開/10 財政赤字下における地域ファンド形成をめぐって/11 おわりに
第3章 京都篇 京都 ―経済観光の都市経営から文化観光の地域自治経営へ―
池田清
1 はじめに/2 観光とは/3 京都市の観光政策の問題と課題/4 観光立国スイスのDMO と日本版DMO(京都市版DMO)/5 京都の自治の伝統と課題/6 おわりに
第4章 京都篇 京都のまちづくり・観光の伝統と文化資本を生かした地域創生へ―経済発展に合わせた発地型観光からコミュニティの自治と学び合いに寄り添う着地型観光の展開へ
金井萬造
1 はじめに まちづくりと観光振興/2 京都のまちづくりの歴史/3 観光事業面での取り組みを振り返る/4 観光振興を生かしたまちづくりの展望―コミュニティの自治と自律に寄り添う観光まちづくり―/5 おわりに
第5章 神戸篇 神戸市都市経営と「創造的復興」の検証 ―都市経営から地域自治経営へ―
池田清
1 はじめに/2 戦後の経済成長期の都市経営/3 阪神・淡路大震災の「創造的復興」と都市経営/4 「新長田駅南地区再開発事業」の検証/5 「創造的復興」から「人間復興」へ/6 都市経営から地域自治経営へ ―「創造的復興」の教訓―/7 市民主体のまちづくりと小水力発電の取り組み/8 おわりに
第6章 神戸篇 人間の誇りを基礎に生まれた神戸教育文化協同組合
内海章・森元憲昭
1 はじめに/2 子どもの分離・分断に反対した父母たち/3 自立と協同が結合した神戸教育文化協同組合/4 分離・分断を解消する道を示した神戸教育文化協同組合(教文教)/5 教文協の新たな挑戦 ―自然環境保護運動/6 おわりに
第7章 遠野・住田篇 人間尊重における学びあい育ちあいの思想 ―源流の集落を生きる暮らしの和・作法―
千葉修悦
1 はじめに ―自由を生みだす自然と人間―/2 この地を生きる開拓者精神/3 伝統文化を生みだす源流の風土/4 土倉集落の暮らしの和・作法/5 みんなで創る「ふるさと創生大学憲章」/6 生命体存続の真理/7 おわりに ―「いのち」の永久の循環―
第8章 遠野・住田篇 今を生きる『遠野物語』と「ふるさと創生大学」の展望
藤井洋治
1 はじめに ―忘れ物探し『遠野物語』―/2 『遠野物語』を巡る背景/3 『遠野物語』に学ぶ、今と未来の暮らし方/4 繭に救われた歴史『遠野物語』/5 ふるさと創生大学の創設と『遠野物語』/6 「体験学習重視」のふるさと創生大学/7 ふるさと創生大学「体験学習論」/8 教え子に見る「はかれない学力」/9 ―今が推し! 通信で大学卒業を―/10 おわりに 住民に生きる誇りを
第9章 遠野・住田篇 遠野から考える内発的発展
白石智宙
1 内発的発展論/2 遠野市の概要と文化観光/3 遠野産直/4 考察
3部 ふるさと創生の展望
終 章 「ふるさと創生」の展望
池上惇
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。