書評柴山翔太『きみが校長をやればいい−1年で国公立大合格者を0から20名にした定員割れ私立女子商業高校の挑戦』日本能率協会マネジメントセンター、2023/6/1
柴山氏は、私立女子商業高校転任1年目で、これまでの蓄積を生かした進学指導・小論文教育により同校の国公立大の合格者をゼロから20人に増やした。そして1年後に30歳で校長を務めることになった。校長就任後は学校改革を実施し、「朝課外活動の廃止」「起業家の学校への招待」、生徒による「新制服デザイン」「修学旅行プラン」「校則の見直しjなどのプロジェクト活動を実施した。また、学校の魅力を発信する部活である「キカクブ」では、高校生自身が配信した動画が850万再生を達成した。本書は、高校に入学するまで大学進学を考えていなかったような生徒が国公立大学に合格するまでの軌跡や学校改革の取り組みをリアルに描き出す。
氏は「前任校の生徒だちと大きな差はないので、小論文などをしっかり学んでくれたら国公立大学も夢ではない」と思ったが、「先生の前任校と同じような進学先は、この子たちには難しい」と言う教師もいたと言う。このような根拠のない守旧的な思い込みがブレーキになる。赴任当時の同校のテストは、生徒たちの間で「簡単すぎてたくさん点が取れる」と言われており、事前にテスト対策プリントというプリントが配られ、暗記で点数が取れてしまうシステムになっていた。そのためテストで良い点が取れても、生徒たちは自信がなく、不安を感じていたと言う。評者は考える。教師がこれまでの経験に依拠して、生徒を見くびって接していれば、生徒は「無限の可能性」を発揮することなく自己評価を低めてしまうのだろう。
書評
柴山翔太『きみが校長をやればいい−1年で国公立大合格者を0から20名にした定員割れ私立女子商業高校の挑戦』日本能率協会マネジメントセンター、2023/6/1
柴山氏は、国語科の教師として4つの私立高校を経験後、福岡女子商業高校に常勤講師として赴任。赴任1年目で、進学指導・小論文教育により同校の国公立大の合格者をゼロから20人に増やした。1年目が終わるときに次年度の体制について直談判したところ、唐突に理事長から「君が校長をやればいい」と打診を受け、主任や部長職、教頭の経験もないまま30歳で校長という役職を務めることになった。校長就任後は学校改革を実施し、「朝課外の廃止」「起業家の学校への招待」、生徒による「新制服デザイン」「修学旅行プランニング」「校則の見直しjなどのさまざまな生徒主体のプロジェクト活動を実施した。また、学校の魅力を発信する部活である「キカクブ」では、高校生自身が配信した動画が850万再生などを達成し、就任当初は94名であった新入生が令和5年度には217名に増加した。本書は、高校に入学するまで大学進学を考えていなかったような生徒が国公立大学に合格するまでの軌跡に始まり、氏が校長に就任するまでのエピソードや校長に就任してからの学校改革の取り組み、未来の教育の形について考えていることなどをリアルに描き出した氏の初の著書である。
氏は、噂通りの熱量の高い校長先生から教育に対する思いを聞き、面談を受けた際、校長先生から出た言葉は「思う存分やってくれ」たったと言う。この言葉は、氏の気持ちを高めてくれたと言う。だが、赴任直後に新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、入学式も中止となり、登校を控える一斉休校の措置か全国的に取られることとなった。
氏は「前任校の生徒だちと大きな差はないので、小論文などをしっかり学んでくれたら国公立大学も夢ではない」と思ったが、先生方のなかには「いやいや、この子たちに前任校と同じような進学先は流石に難しいと思いますよ」と、突然の氏の提案に対し、怪訝な顔をする先生もいたと言う。
ZOOMで行われた生徒たちとの会話では、多くの生徒たちは、進路希望は専門学校、短期大学、就職などが多く、「大学は考えてないの?」と聞くと「私、昔から勉強できないんで無理ですよ」「商業高校に入るときから就職するって親と約束しているので」「私、資格ないので」「検定を持っていないので」などという言葉が返ってきた。そこで「君が本気で半年間一緒に勉強してくれたら、大学進学は難しくないよ。もし経済的なことを気にしているのであれば国公立大学も普通に狙える。ラッキーなことに今年から修学支援新制度という国の制度もできたし」と僕が言うと、「えっ、本当ですか? そんなこと考えたことも言われたこともなかったです」と生徒たちはきょとんとした表情をしていたと言う。「10人以上の大家族で、だから早く働いて恩返しをしなければならないんです」という生徒もいた。 その生徒には、「すごい兄弟の数だね。その選択もありだと思うけど、恩返しの方法は何個かあると思うよ。結構ハードな道だけど大学の夜間主コースに通えば昼間アルバイトをしながら夜に学んだりもできるし、その兄弟の数であれば修学支援新制度で大学もほぼ無償でいける可能性もあるよ。それだったら自分の好きな仕事を選ぶ確率も上がると思うし。興味あったら、日本学生支援機構のサイトで学費のシミュレーションができるから、保護者の方と見てみると良いかも」などと話した。このように、生徒だちとの会話を通じて、女子商の生徒たちの感覚や実感をつかんでいったと言う。そこで、氏が感じたのは、生徒たちに「自信と情報」が足りないということだった。当時の同校のテストは、生徒たちの間で「簡単すぎてたくさん点が取れる」と言われており、事前にテスト対策プリントというプリントが配られ、暗記で点数が取れてしまうシステムになっていた。「中学校のときは成績の悪かった私が女子商で点が取れるのは女子商の勉強が簡単だからだ」と生徒自身が言っていたぐらいであった。そのため、テストで良い点が取れても、生徒たちは自信がなく、不安を感じていると氏は感じたと言う。
教師がこれまでの経験に依拠して、生徒を見くびって接していれば、その生徒は「無限の可能性」を発揮することなく低い自己評価に甘んじてしまうのだろうと評者も思う。さらには、たとえば「服装を自由にすると、とんでもない格好をするだろう」などという思い込みによって保守的な対応に走り、改革のブレーキ役になってしまうという事象はよく見聞きするところである。それが生徒のこれからの生涯にとってプラスにならないのではと反論しても、「卒業後まで責任は持ちきれない」と言われてしまう。こういうことによって、生徒の生涯にわたって大切な自己決定力が損なわれているということに、われわれは十分自戒しなければならないと評者は考える。
【広告より】
【内容紹介】
福岡県にある私立福岡女子商業高校が大きな話題になっている。2年前に赴任した国語科教員によって前年度は0人だった国公立大学合格者が一気に20人になった。その立役者が、30歳の若さで同校の校長に就任した柴山翔太先生である。
本書は、柴山先生が何を考え、どう実践してきたかをまとめた一冊です。教育関係者だけでなく、多くの悩める高校生ならびに、指導者、親御さんの参考になる一冊です。
【目次】
第1章 福岡女子商業へ赴任
・「思う存分やってくれ」
・集会で話したのは、実感が湧かない「社会の現実」
・スタディルームに来てくれた予想以上の生徒30人 など
第2章 まずは生徒が動いた。大学進学の奇跡――
・指導の前に勉強の楽しさ、考える楽しさを知ってもらう
・「やればできる」という成功体験を積んでもらう
・大学進学は生徒の可能性を増やす選択肢のひとつ など
第3章 生徒は動いた、次は……
・生徒を動かしたら、保護者を動かす
・大学進学の「いま」を保護者に伝える
・尊重すべきは生徒の自己決定 など
第4章 涙の結果発表
・勝負の受験1ヶ月前
・純粋な素直さが合格を生み出した
・女子商のファーストペンギン 歓喜と号泣のスタディルーム など
第5章 なぜ僕は30歳で校長になったのか
・理事長が校長を兼任。理事長に直談判へ
・4時間の訴えの返答は「君が校長をやればいい」
・圧倒的不安だった就任までの1か月 など
第6章 全日制最年少校長の「女子商」改革
・校長就任で最初に力を入れたのは広報活動
・生徒主体の広報活動「キカクブ」も発足
・学校は生徒を縛る場所ではない など
第7章 小論文指導のポイント
・大学入試小論文とは?
・小論文問題を解説したらすぐに書いてもらう
・苦手だった小論文が得意になった など
第8章 教育の未来
・学校は何のためにあるのか
・答えがない問いに向かい合うのは誰でも弱いもの
・商業高校の立ち位置を変えたい など
【著者】
柴山 翔太
学校法人八洲学園 福岡女子商業高等学校校長
1990年北海道砂川市生まれ。国語科の教師として4つの私立高校を経験後、同校に常勤講師として赴任。赴任1年目で、進学指導・小論文教育により同校の国公立大の合格者をゼロから20人に増やす。1年目が終わるときに次年度の体制について直談判したところ、唐突に理事長から「君が校長をやればいい」と打診を受け、30歳で校長という役職を務めることに。主任や部長職、教頭の経験もない平成生まれの校長となる。校長就任後は学校改革を実施し、「朝課外の廃止」「起業家の学校への招待」だけでなく、生徒による「新制服デザイン」「修学旅行プランニング」「校則の見直し」などのさまざまな大人を巻き込んだ生徒主体のプロジェクト活動を実施。また、学校の魅力を発信する部活である「キカクブ」では、高校生自身が配信したTikTok動画が850万再生などを達成。その甲斐もあり、就任当初の令和2年度には94名であった新入生が令和5年度には217名に増加する。
若者文化研究所は若者の文化・キャリア・支援を専門とする研究所です。