書評相馬亨『子どもも教師も日々の成長を実感できる「学ぶ力」の鍛え方』東洋館出版社、2023/6/15
これからの時代に求められる教師の指導力とは、子ども自らが高いパフォーマンスを発揮できる「学ぶ環境」と「学ぶ機会」をつくり出すことだと本書は言う。そのため、次のような方策を示している。子どもが自分で課題・目標・進度を企画することによって「学習の個性化」を保障する学習環境デザイン、感動重視のため事前学習させないという道徳科授業ジレンマの解消、余計なおせっかいをやめる、善悪による「他律」ではなく、「自分の成長」などの自律的理由によってトラブルを起きにくくする学級文化づくり、頭に浮かんだことを片っ端から書くことによる「どの子も書けるゼロ秒思考」、などである。課題解決学習においては、子ども自身が「学習を進める上で自分に足りていないことを何か」といった個の課題を明らかにし、その課題内容に応じて柔軟に学習できる「課題ごとの学びの場」(学習環境)をつくることが必要だと言う。それが著者の言う「学習者の主体的行為を促す現代的な指導者像」である。著者との対話の中で、同僚の教師が、珍しく子どもたちの手が挙がった理由として、「答え」ではなく「経験」を聞いたからだと気づき、「質問を変えればいいのか」とつぶやく場面が描かれる。評者は考える。学習者の過去の経験を重要な資源とするのは成人教育の原則だが、それは、本書が言う子どもたちの「学習の個性化」、教師の「指導の個別化」を保障する「学ぶ力」の鍛え方にも通じることなのだろう。
書評
著者は言う。教職は、「ここまでやったらOK」といった終わりが見えにくい職業である。やることを増やそうと思えば、いくらでも増やすことができるが、それだけに「やるべきこと」と「やる必要のないこと」の峻別がとても重要だが、その峻別が難しい職場でもある。そのため、「少しでも子どものためになることだったら」とか、「隣の教室ではやっていることだから」とか、「前の年でも学年でやっていたことだから」といった理由で手をつけてしまいがちだが、それでは仕事が増える一方だし、肝心の教育行為のクオリティが上がらない。時間ばかりが無為に過ぎ去ってしまう。
だからこそ、どれだけむずかしくとも本当に成果があるものはなにかを洗い出し、自
分の指導を見つめ直し、いったいどんなことに注力するのかを自分自身で決めることが
大事だ。働き方改革が叫ばれるようになって久しい今日だが、いまなおたいへん遅くまで残って仕事をされる先生はどの学校にもいる。残業にリソースを使いすぎて心に余裕がなくなってしまうならば、自分自身のみならず、周囲にも悪影響を及ぼしてしまうこともありる。「夜遅くまでがんばっている先生はすばらしい」という時代では、もはやなくなった。自分か担任する子どもたちの様子をよく見て、自分の指導の効果測定をしっかり行い、たとえどれだけこだわりをもってがんばっていることであっても、思ったほどの効果を見いだせない(子どもたちの成長が認められない)なら、確証バイアスに惑わされず、スッパリやめたほうがいい。
これは、教師一個人の問題ではもちろんなく、学校行事など学校全体で行う取組にお
いてはさらに重要度か増す。教室において、学校において、本当に教育効果を見込めることにのみフォーカスし、それ以外のことは一切やらないというくらいの覚悟が、管理職も含め教師一人ひとりに必要なのだろう。
今後は、ときに個別に、ときにクラスメイトと協働しながら「問い」を見いだし、AIとも対話しながら解決の方途を自らつくりだせるようになるクリエイティビティとイマジネーションが求められる可能性がある。
さらに、著者は、自己の授業方法や生活指導について、次のように紹介する。
過去の経験則に頼るばかりの指導、対症療法やつけ焼き刃的な対応策では、必要なことに注力するどころか、苦しくなるばかりではないか。そこでまずは、教師一人でも取り組めるところからはじめてみるのも手だ。私の場合は、授業以外の勤務時間については、授業をつくる時間に充てたいと考えている。そこで、宿題のチェック、漢字の直し、一人ひとりのノートを細かく見て赤を入れるといったことは、すべてやめた。それでなにか弊害かあったかといえば、なにもありません。
それこそ夏休み明けであっても、宿題にはざっと目を通すが、間違っている箇所に付箋を貼り、次の日に返すだけである。テストの丸つけも、子どもの学習状況や発達段階にもよるが、子ども同士でできるし、自主学習ノートにしても毎日コメントを入れたりせず、定期的に自主学習展覧会を行う程度である。
自主学習展覧会を行う朝は、それぞれ自分の自主学習ノートを机に広げ、付せんを手にクラスメイトのノートを見て回り、「ここが参考になったから真似してみるね」などと書いて付せんを貼りつけ合う。その際、私も見て回りながら、これははじめての試みだねとか、「この視点はおもしろいなあ」とつぷやく。そうすると、周囲の子も、「なるほど、そうすればいいのか」などと思うのか、クラスメイトのノートを真似したりもする。それくらいのほうが、コメントなどで教師が直接的に価値づけるよりも、子どもは自分の行っていることに価値を見いだすようだ。
ほかにも、こと細かく聞き取りを行いながら生活指導を行うのもやめた。どんなに注意深く時間をかけてトラブルが起きないよう事前に指導していても、起きるときは起きる。相手は子どもだから、「あのとき、ちゃんと指導したのに」は通じない。たとえトラブルが起きても、火種の段階で消化できるようにしておくほうが効果的だし、なにより楽である。
こんなふうにしていると、1日の勤務時間のうちのおよそ2〜3時間は削れるし、その気になれば4時半くらいには、その日の仕事を終えることができる。私の場合は、同僚の授業を見た感想をレポートにまとめて配るといった時間に充てたいので、退勤時間の目標は「めざせ5時半」です。遅くとも6時までには退勤している。
結局のところ、『子どもが学習しやすいように』と教師が先回りして(準備してあげて)得られるのは教師自身の自己満足である。子どもが自分の力でできるチャンスを奪い、できないままにしている面が、学校にはたくさんあるのではないか。
すなわち、教師の「○○をやめた」というときの「OO」には、「子どもが自分の力でやれる(自ら成長できる)チャンスだ」という着眼点から、なにをどのタイミングでどうやめるかを見極めることである。
[そうはいっても、クラスにはできる子ばかりではない。できない子はどうするんだ。結局は無為無策の放任なんじやないのか」といった声も聞こえてきそうだ。それに対して私が重視しているのは、どの子も自分なりの文脈でう学ぶ力を発揮できるようになる土台づくり(トレーニング)である。
内閣府の設置した総合科学技術・イノベーション会議は、ソサエティ5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ(2022年6月)を公表し、大きな3つの柱のひとつに「探究‐STEAM教育を社会全体で支えるエコシステムの確立」を掲げてAIについても言及するとともに、次の学習指導要領の改訂時期を示したロードマップを掲載している。この先のことはわからないが、教師もまた知的職業のひとつである。学校教育におけるAI活用が現実化すれば、この10年以内に子どもの学習方法も教師の指導法も劇的に変わる可能性も否定できない。しかし、どれだけAIが台頭しようとも変わらない(変えてはいけない)不易が教育界にはある。それは、学業を軸としながらも、学校生活全般を通じて子ども一人ひとりが成長していける全人教育である。
その実現のためには、私たちが慣れ親しんできた「当たり前」を見直し、本当に必要なことにリソースを割けるようにし、私たち教師白身が新しい価値を創造できる働き手・学び手となることか求められている。本書は、これから先、どんな時代になろうとも、子ども自らが学ぶ、教師自らが学ぶ、その「学ぶ力」を鍛える考え方や方法の一端を提案するものである。
【広告文より】
教師としての「学ぶ力」を鍛える
●「学習の個性化」を保障する学習環境デザイン
●主体性を高める班長会議
●道徳科授業ジレンマ
●余計なおせっかいをやめる
●トラブルが起きにくい学級文化
●専門性を高め合う教材研究分担制
●「1人も寝かせない」協議会
●課題解決の方途を引き出すコーチングetc.
●学ぶクラスに変える原動力
●どの子も書ける「ゼロ秒思考」
●子どもと教師の時間を無駄遣いしない
●人も頭も動く学級にする
「あれもこれもがんばる」ではなく、「がんばりどころ」を焦点化する。
子ども一人ひとりが先々の見通しをもち、リフレクションを繰り返しながら自己の考えや行動を調整し、自分の力で学んでいける力を身につけるにはどうすればよいか、そのために教師は、どのようにして学級(学ぶ環境)と授業(学ぶ機会)をつくっていけばよいのかを、多角的な視点から明らかにする。
■本書の概要
世の中には、名人級だと評される優れたパフォーマンスを発揮できる先生方がいる。そのような先生方は、授業開始5分で子どもの興味・関心を高め、意欲的に活動に取り組めるお膳立てを行い、授業を徹頭徹尾コントロールできる指導力をもっている。それ自体は、すばらしいことだが、そうした指導力が発揮されるほどに子どもたちが受け身になり、自分発の「学ぶ力」を発揮する機会をもてなくなるのだとすれば本末転倒である。これからの時代に求められる教師の指導力とは、子ども自らが高いパフォーマンスを発揮できる「学ぶ環境」と「学ぶ機会」をつくり出すことである。その土台づくりのために欠かせないのが、子どもと教師双方の「学ぶ力(粘り強く学びつづける力)」なのだ。そこで本書では、子どもたちの「学習の個性化」、教師の「指導の個別化」を保障する「学ぶ力」の鍛え方を明らかにする。
評者>過去の指導者像であるしゃべりの魔術師、カリスマではなく、学習者の主体的行為を促す現代的な指導者像が求められているといえよう。
■本書からわかること
「あれもこれもがんばる」ではなく、「がんばりどころ」を焦点化する!
「学ぶ力」を鍛えられるようにするには、先入観・固定観念とも言うべき「学校の当たり前」を見直し、新しいチャレンジにリソースを割ける時間的・精神的余裕を確保する必要があります。
「夜遅くまでがんばっている先生はすばらしい」という時代では、もはやありません。受けもつ子どもたちの様子をよく見て、指導の効果測定を行い、(どれだけこだわりをもっていることであっても)子どもたちの成長が認められないなら、確証バイアスに惑わされず、スッパリやめ、注力すべき事柄を明らかにすることが必要です。本書ではその考え方と方法を紹介します。
子どもも教師も「自分が成長できること」を学級の中心軸に据える
学級が落ち着きなく、毎日のようにトラブルつづきであれば、「学ぶ力」を鍛える余地は生まれません。ただ、そうは言ってもトラブルが一切起きない学級など存在しません。その一方で、トラブルが起きにくい学級、たとえ起きてもボヤ程度で鎮火できる学級もあります。そうした学級づくりの中心軸と据えるべきなのが、「よい」「悪い」といった「善悪の価値観」ではなく、「自分が成長できること」なのです。
「学習の個性化」を保障する学習環境をつくる
課題解決学習においては、単元の目標実現に向けて、子どもたちが学び合いながら知恵を出し合い、合意形成を図りながら学習を進めていきます。こうした学習が効果的となるためには、子ども自身が「学習を進める上で自分に足りていないことを何か」といった個の課題を明らかにし、その課題内容に応じて柔軟に学習できる「課題ごとの学びの場」(学習環境)をつくることが必要です。本書ではその具体策を紹介します。
人も頭も動く学級にする
子どもたちが自らの「学ぶ力」を発揮し、日々の成長を実感できるようになるためには、子どもたちが学級のなかで次のように感じられている必要があります。
「わからないことは『わからない』って言っていい」
「むしろ、人に頼ればいい。きっとだれかが手を差し伸べてくれる」
「自分がわかることだったら、わからない人に教えてあげればいい」
「お互いそんなふうにしていれば、困難な状況に身を置くことになっても、なんとかなるさ≠ニ思えるようになる」
このような受け止めが「当たり前」になってくると、やがて「先生にがんばってもらう」ではなく、「自分たちががんばらなくては!」と思える雰囲気が醸成されるようになり、人も頭も動く学級になっていきます。
自分自身を成長させる教師の「学び方」
教師自らを成長させるには、効果的・効率的な「方法」を知っておく必要があります。端的に挙げると次の5つです。
1 明確な理想像と目的をもつ
2 具体的な目標を決める
3 具体的な場を設定して集中的に行う
4 成果や課題をリフレクションしつづける
5 コンフォート・ゾーン(居心地のよいぬるま湯)から抜け出す
このように列挙すると、とてもむずかしいことのように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。本書では、教師としての自分の成長につながる行動を習慣化する方法を紹介します。
著者について
東京都港区白金小学校主任教諭
1981年東京都江戸川区生まれ。創価大学卒。同年より東京都公立小学校にて勤務。江東区、足立区を経て現職。足立区では生活科・総合部の常任委員長を務める。
子ども主体の授業づくりのためにファシリテーション、コーチングについて研究中。子どもの力を伸ばせる方法があるならば、なんでも取り入れる。方法にこだわらないのがこだわり。2021年基礎コーチング修了。
〈主な著書〉『「学びに向かう力」を鍛える学級づくり』(共著、東洋館出版社、2017年)
出版社内容情報
説明
子ども一人ひとりが先々の見通しをもち、リフレクションを繰り返しながら自己の考えや行動を調整し、自分の力で学んでいける力を身につけるにはどうすればよいか、そのために教師は、どのようにして学級(学ぶ環境)と授業(学ぶ機会)をつくっていけばよいのかを、多角的な視点から明らかにします!
本書の概要
世の中には、名人級だと評される優れたパフォーマンスを発揮できる先生方がいます。そのような先生方は、授業開始5分で子どもの興味・関心を高め、意欲的に活動に取り組めるお膳立てを行い、授業を徹頭徹尾コントロールできる指導力をもっています。
それ自体は、すばらしいことです。しかし、そうした指導力が発揮されるほどに子どもたちが受け身になり、自分発の「学ぶ力」を発揮する機会をもてなくなるのだとすれば本末転倒です。
これからの時代に求められる教師の指導力とは、子ども自らが高いパフォーマンスを発揮できる「学ぶ環境」と「学ぶ機会」をつくり出すことです。その土台づくりのために欠かせないのが、子どもと教師双方の「学ぶ力(粘り強く学びつづける力)」なのです。
そこで本書では、子どもたちの「学習の個性化」、教師の「指導の個別化」を保障する「学ぶ力」の鍛え方を明らかにします。
内容説明
「あれもこれもがんばる」ではなく、「がんばりどころ」を焦点化する!
目次
第1章 成長できる学級(教師の力のかけどころ;トラブルが起きにくい学級文化;どうやって先入観を払拭するか ほか)
第2章 子どもの「学ぶ力」を鍛える(毎朝3分「ゼロ秒思考」;主体性を高める班長会議;係活動会社制 ほか)
第3章 教師としての「学ぶ力」を鍛える(自分自身の成長をどう促すか;「学び方」を学ぶ;「考え方」を学ぶマインドセット ほか)
著者等紹介
相馬亨[ソウマトオル]
東京都港区白金小学校主任教諭。1981年東京都江戸川区生まれ。創価大学卒。同年より東京都公立小学校にて勤務。江東区、足立区を経て現職。足立区では生活科・総合部の常任委員長を務める。子ども主体の授業づくりのためにファシリテーション、コーチングについて研究中。子どもの力を伸ばせる方法があるならば、なんでも取り入れる。方法にこだわらないのがこだわり。2021年基礎コーチング修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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