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ブックレビューCONCEPT

牧野篤「社会教育の再設計−生活の基盤としての社会教育・公民館」を読む

 若者文化研究所 西村美東士

牧野篤「社会教育の再設計−生活の基盤としての社会教育・公民館」6月号を読む

若者文化研究所 西村美東士(http://mito3.jp)

 本誌6月号から標記の講義内容が連載されている。これは、東京大学で行われた公開講座「社会教育の再設計」の第5回において、予定していた講師が病気欠席のため、講座全体をコーディネートする東京大学大学院教育学研究科牧野篤教授がピンチヒッターとして登壇したときの講義録である。その内容が「生活の基盤としての社会教育・公民館−自治を再発明する」のテーマのとおり、自由で挑戦的で刺激にあふれているため、私も「読書ノート」として、その思いを書きとどめたくなった。ここでは、6月号の第1回について、述べてみたい。

1 古き良き社会教育の伝統を再評価
 牧野は、寺中構想の公民館に対する「地域の茶の間、親睦交友を深める施設」という設定を高く評価している。このような牧野の議論は、とても心強い。社会教育の温かさを感じさせる。そして、社会教育の新しい役割を展望するものである。
 牧野は、「地域の『茶の間』としての公民館」として、「寺中構想」の目指す公民館を次のように評価している。「村の茶の間ですと書いてあります。親睦交友を深める施設ですとあります。(中略)親睦交友を深めるのだけれども、実はここに地域社会を世代間で、次世代に伝えていくということが描かれているのです。社会を次の世代に伝えるための施設だと」と評価している。
 私は、1946年の寺中作雄の公民館構想を引き、公民館の公共性や教育機関としての性格については、現代社会においては、寺中構想の「伝統」を基盤にしたいと主張してきた(西村美東士「若者が集まる公民館にするために−癒しのサンマづくりは公民館の古くて新しい役割」全国公民館連合会『月刊公民館』510号、1999年11月)。クリックして参照古き良き社会教育が、今後の新しい展望を切り開くことを期待したい。
 実際、地方においては、公民館があり、ベテラン公民館長がいて、住民といっしょにまちをつくってきた地域がたくさんある。これまでも、社会教育は、人々の暮しと仕事に結びついて展開されてきたのだ。ただ、残念なのは、(とくに社会教育行政は)暮しと仕事の今の課題に追われ、「大胆な時代予測のもとに新しい価値を創造する」という面については、控えめだったことだと私は感じる。社会教育行政は、一般行政の先頭を切って市民とともにイノベーションに取り組んでいく必要があるだろう。今回の公開講座には、そのようなイノベーションの展望も伴って、戦後社会教育の伝統を再評価する動き(ムーブメント)につながるのではないかという予感がする。

2 生涯学習によって生じた「ズレ」
 牧野は「文科省がいわゆる行革や地方分権という政治の流れの中で、社会教育局を生涯学習局にしたところから何となくズレが生じてしまっているのではないか」と問題を提起する。
 たとえば、国連の障害者権利条約には障害者のインクルージョンに関わって「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」とあり、「障害者も学び続けて、社会の中にきっちりと自分の位置付けをつくる、そして社会もそれをしっかりと認めて、共生していくということが予定されている」のだが、「日本の生涯学習は、趣味・お稽古みたいな感じに受け止められてしまっている」と牧野は批判する。それは、「生涯学習の概念は、個人の必要に応じて個人がみずから選んで行う学習と規定されてしまっている」、「社会との関係をどうするか、自分が社会で生きていくとはどういうことなのかということがきちんと定義されない形で、何となく『社会教育の講座主義的なものが生涯学習に発展したんでしょ』みたいな位置付けになってしまっている」、しかも、「文科省の社会教育局が生涯学習局へ再編されたことを受けて、地方自治体の社会教育課が生涯学習課に衣替えされ、その結果、当初は補助執行で教育委員会から一般部局に生涯学習課が移り、さらにいまではほとんど完全に移管されてしまっているところがたくさんある」と言う。
 牧野は、この状況について、「一般行政を含めて、社会基盤としての社会教育をどうとらえるのかという話をしなければいけなくなっている」としている。私も同感である。とりわけ、生涯学習が一般部局に移ってしまったあとでも、重要な社会基盤として「生涯学習」ではなく「社会教育」をとらえようとするこの提案に意義を感じるものである。
 私は、生涯学習を、「趣味・お稽古みたいな感じに受け止め」るのではなく、「人々が自己のものの見方・考え方を生涯にわたる学びによってより発展させ、暮らしや仕事を充実させる自己決定の活動」であり、「 同時に、たがいに学びあい、支えあうことによって、地域や社会を形成する相互関与の活動」ととらえるべきだと考えている。しかし、それでもなお、わが国には、牧野の言葉を借りれば住民自治の「社会基盤」として、「社会教育」がすでに戦後から行われてきたのであり、その伝統を絶やしてはならないと考える。生涯学習が社会形成活動のコンセプトを豊かにすることは大切にしたいが、さらにそのおおもとには、日本では「古き良き社会教育」の伝統が流れていることを忘れてはならない。戦後社会教育のあとに欧米からやってきた生涯教育は、社会教育の伝統的コンセプトを学校教育を含めて強化・発展させるものであってほしい。それが「政治の流れの中で生じたズレ」を解消することにつながるに違いない。

3 社会教育の視点で居場所をとらえる
 牧野は、いじめ問題について、「学校のリスクマネジメントが不十分だったのではないか。教員が子どもたちと正面から向き合えない状態になっているのであれば、それはよろしくない。教員の感度を高める必要がある。さらにそれができないような勤務の在り方であるのならば、それは改善されなければならない。教員の多忙化の問題をどうするのか」という議論に無力感を覚える。そして、関係者の「自分の子どもだけではなくて、どの子もみな大事な子どもなんだからそれぞれの個性を認め合って受け入れていかなければいけない」、「地域の大事な子どもなんだから、ちゃんとそれは認めていかなければならない、受け入れていかなければいけない」、子どもたち自身の「自分たちも見て見ぬふりをしてきたんじゃないか、見て見ぬふりをしない勇気を持たなければいけない」というシンポジウムでの発言が醸し出した「ある種感動的な空間」に対して、「皆さんここで今すごく感動的な空間が出来上がって、そうだそうだと思っていらっしゃるけれども、ここから一歩出たら忘れちゃうんじゃないですか」と釘を刺す。
 牧野のおおもとには、「学校の中だけで解決することなのか」という違和感があるのだと言う。無責任な第三者によって「行かなきゃ行かないで、ちゃんと学歴が取れる仕組みは他にあるんだから、だから死を考えなきやいけないほど苦しいのであれば、逃げなさい」とよく言われるが、「子ども自身が学校から逃げていったことがあるのか」というと、多分ほとんどないと言う。むしろ、多くの子たちは我慢し、いじめられ続け、それがエスカレートして、その結果、なかには死を選んでしまう子がいると言うのだ。例えば簡単に出入りできるLINE外しみたいないじめでも、抜けることなく死を選んでしまう子どもたちがいると言う。
 「みんな違ってみんないい」という言葉って、誰が決めているんですか、「個性を認め合いましよう」というけれども、個性って誰が決めているんですか、と牧野は問いかける。社会が「個性を認めましょう」といった途端に実はいじめが増え、不登校が増え、その後も増え続けているように見えると牧野は言うのだ。
 不登校についても、40年も不登校対策をしているのに不登校はなくならないし、むしろ増えていると言う。子どもたちは学校に行けなくなっても、学校から降りることは絶対にしない、学校を引きずったまま不登校になって、悪化していくと引きこもってしまったりということになっていくと言う。そして、「なぜ子どもたちが学校をこんなに引きずらなければいけないのか」と問いかける。
 そして、今やICTの社会で、子どもたちは、人格をいろんなところから評価され続けて、さらされている感じになっている、学校から出なさい、逃げなさいといわれても、出ていく先がない、学校も地獄だけど、出ていっても地獄なのではないかと言う。このようにして、牧野は、「私たちには社会というのがあるのか、居場所はあるのか」と問い、社会教育という視点から考えていく必要があると言う。
 私は、今は、トランジション(スムーズな移行)と言って、在学時ではなく、卒業後に社会で活躍できることこそ学校教育の重要な役割であるという認識が広がっていることに注目したい。そして、在学中の青少年に対しても、牧野の指摘する通り、社会教育の視点から地域や社会における居場所を提供することこそ必要と考える。牧野の言を借りれば「学校を引きずったまま」苦しむ青少年に対して、新しい選択肢を提供したい。
 「評価」については、私は、精神論的な目標に対する恣意的な評価ではなく、到達目標を明確にして、その到達度を適正に判定する評価をこそ求めたい。そこでは多様な評価基準があり、どの若者も、そこでの評価を参考にして自己卑下でも自己肥大でもない適正な自己評価を行い、社会での自分の適正な位置決めをしていけるような社会をつくりだしていきたい。しかし、その基盤として、社会教育が提供する居場所の機能が期待される。そこで、多様な価値と、ある意味「なんでもあり」の実社会と交わり、承認されることによって、社会的視野からの自己評価が可能になるのである。「学校から逃げてもいい」という言葉は、牧野の言う通り、どこに行っても評価にさらされることを知っている青少年にとっては、たしかに「響かない言葉」になっているのだと思う。だが、現在の彼らが感じている環境を超える地平を社会が示せたとき、彼らは「みんな違ってみんないい」という「自己肯定感」だけのいわば「妄想」ではなく、社会的に有益であるという「根拠のある自信」をもって生きていけるのだと思う。
 そのとき、社会化(第一の支援)、個人化(第二の支援)に向けた目標と展望を示し、その到達度を評価する「教育」の機能とともに、とくに「居場所」においては、「肩を押してくれる」、「見守ってくれる」、「話を聞いてくれる」、「ちょっと違うと言ってくれる」などの「教育機能」の発揮が重要であると考えている(西村美東士「中高生の居場所の条件と新しい支援−第3の支援を考える」、日本子育て学会『第10回大会発表論文集』2018年9月)クリックして参照
 だから、居場所における「教育的まなざし不要論」については、気持ちはわかる気もするが、教育の敗北主義ではないかと考えている。むしろ、社会教育として行う公共的な意図を明示して実施すべきであろう(西村美東士「若者の居場所−行政が『つくる』教育的意図は何か」、兵庫県自治研修所『研修』218号、pp。16-22、2001年3月)クリックして参照。牧野の「社会教育の視点で居場所をとらえる」という問題提起を私流に発展させてもらえば、このような展開になる。
 なお、「みんな違ってみんないい」という言葉については、「みんな主義」への異議申し立てこそ、あぶれ者の公民館での存在価値であるという文脈で肯定的に取り上げたことがある(西村美東士「反みんな主義あぶれ者公民館願望」全国公民館連合会『月刊公民館』517号、pp.6-7、2000年6月)クリックして参照。今から読み返すとずいぶん飛び跳ねた文章と恥じ入る次第だが、ただ、私は今でも「みんな違ってみんないい」の真意はそこにあると思っていることには変わりない。

4 社会教育の「ゆるさ」がいい
 寺中作雄が社会教育法をつくるときに、与野党こぞって反対だったので、GHQの成人教育担当官のネルソンが、「こんなにいい法律はない。ある意味こんなに緩い法律はない。これこそが、社会教育の自由を守るために必要だ」と言って高く評価し、与野党の代表者を呼んで説得してくれたという話を牧野は紹介する。牧野は、社会教育法を、禁止事項が少ないとても緩い法律であり、権力の介入をできるだけ避けて、住民が自分たちでやっていくようにしなさいねという法律になっている」と評価する。これまでは、社会教育法が「奨励義務」という「緩い」記述になっていることに対して、義務教育の記述との違いと比べて不満を述べる社会教育関係者もいたが、牧野のこのような評価こそが、社会教育の良さを理解した者の発言と考えるべきだろう。
 そして、社会教育法23条の営利や政治に関わる禁止事項について、「営利目的だけの事業や特定の営利事業者、特定の政党・候補者、特定の宗教や宗教団体の利益・便宜を図ってはいけない」となっているのであって、「特定」とは、「普通に受け止めれば、特に指定した一部のということですから、そうでなければ広くいろんなことをやってもいいということになります」と緩やかにとらえるよう主張している。牧野の言うように「現実の運用では多くの自治体で、金もうけはいけない、政治活動はいけないとか、教育施設だからあれこれやってはいけないことでいっぱいになっていますけれども、本来は基本的には何をやってもいいと解釈できるような条文になっているはずです」と述べ、「今では、さらに厳しくて、飲食禁止とか、酒は飲んじゃいけないとか、教育機関だから、教育施設だからといわれますけれども、酒を飲まないで地元のことを語れますか」と述べている。
 私も1970年代頃、東京都青年の家に勤務していたとき、「教育施設なのだから」という(よく考えれば)理由にならない理由で、飲酒禁止が前提となっていた。これをひっくり返すために、若手社会教育主事補と一部のベテラン社会教育主事は、ずいぶん苦労してきた。しかし、何でも禁止をしておけば、職員はあとは悩みもしないというのは、「手抜き」と言わざるを得ない。このような「手抜き」は、個人情報や著作権の保護を口実にした「無為」にも見られる(西村美東士「社会教育関係者にとっての電子メールの存在価値−自負できるプライバシー、二次利用されたい著作権の誕生」財団法人AVCC『平成8年度文部省補助事業生涯学習関連施設調査研究報告書』、pp.94-97、1997年3月)クリックして参照。社会教育を、手抜き、さぼりがまかり通り、規制緩和を一生懸命追求する職員の努力が軽視されるような世界にしてはいけない。

5 公民館がめざす「地域」とは何か
 6月号は、「公民館は社会をつくる自治の基盤」として、次のようにまとめられている(近年の学習指導要領の検討から始まる議論も、このあとに掲載されているが、これは次の報告に送ることとする)。
 GHQは隣組や町内会というのは住民を戦争に動員する組織だと思っていたので解散命令を出したのだが、公民館は新しい社会をつくる自治の基盤になるものだという解釈をした。それは、住民が公民館を使って、自分たちで地域のことを議論して、自分たちで地域を経営していくための拠点なのだと受け止められたということだ。だからこそ施設中心主義で、団体中心主義ではないのだと牧野は言う。「施設をつくって、そこにみんなが寄って集まって、そこを場として、活動して、自分たちで地域社会をつくって、担い、経営していくための拠点」とされた。これを牧野は、次のように解釈する。一人ひとりが当事者になっていくと考えられていた。それは、「家」を基本とした隣組や町内会ではなくて、個人を基本としたアソシエーションとして、地域コミュニティを再生しようとしたということでもあると考えられる。けれども、どうもその後、占領が解除されて主権が日本に戻るにつれて、そうではなくなってしまった。「家」を基本とした地域社会に戻っていってしまったように思う。
 この指摘は重大であるが、より詳しい検討が必要であろう。公民館が「社会をつくる自治の基盤」であることをわれわれがあらためて認識したとき、そこでイメージされる自治とは、地域とは、何なのか。日本の今の現状や近未来を考えた場合、「家」を基本というよりも、ややもすると分断された「個人」が、良くも悪くも基本となるのではないか。そこでの課題は、団体中心主義を廃して施設中心主義、とりわけ施設の個人利用の普及によって解決できるものではないと私は考える。今日の必然としての「個人化」と、今後の社会参画・協働社会に向けた「社会化」とを一体的に見る教育的視点が求められている(西村美東士「個人化の進展に対応した新しい社会形成者の育成―キャリア教育及び青年教育研究の視点から」『日本生涯教育学会年報』33号、pp.145-154、2012年11月)クリックして参照。「公民館は社会をつくる自治の基盤」という共通認識のもとに、その内実について議論を続けたいと考える。

6 2015年からの政策動向
 2020年4月から改訂学習指導要領が実施された。また、同じ4月から、社会教育主事任用資格取得者に、社会教育士の称号が与えられるようになった。牧野は、政策論議の過程を次のように紹介する。
 「2015年の夏に次の学習指導要領の検討をするときに、社会に開かれた教育課程という議論が出てきた。それは、学校における教育課程、これが学校では完結しないと中教審の教育課程企画特別部会が言い出したということになる。教育課程企画特別部会は日本の教育行政の本丸で、カリキュラムをつくるところである。そこが、学校で子どもたちの教育を終えることは不可能だといい始めた。それを受けて4ヵ月後、12月に中教審から一気に3つの答申が出された。コミュニティースクールが提唱されて、この3つの大きな答申が出されたことになる」。
 牧野は、自らもこの答申作成に関わっていることから、次のようにそのねらいを報告している。
 1つが「教員資質向上」答申と呼ばれているものである(「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について〜学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜」中教審答申、平成27年12月)。アクティブラーニングを提唱し、そのために、先生のあり方を変えようということである。それは、教える先生から、子どもに寄り添って一緒に探究する先生に変わってくださいということになる。アクティブラーニングも直訳すれば「活動的な学び」ということになるが、少し意訳をしていて「主体的で対話的な深い学び」ということになっている。
 一方的に教えられるとか教えるという関係ではなくて対話を重視する。自ら学んで、人と対話をし、さらに探究をして深い学びを実現するということがいわれていて、先生の教え方を変えましょうということである。これを受けて教職免許法と教育公務員特例法が変わった。この4月からそれぞれの大学もこれに準じた教員養成のカリキュラムに組み替えてあるはずである。
 私は、ワークショップスタイルの方法を、社会教育、大学教育で導入し、活用してきた。佐野市生涯学習推進協議会では、会議形式の限界を乗り越えて、協議会委員のワークショップによって、「生涯学習都市宣言」起草文原案を作成した(西村美東士「佐野市の市民参画による生涯学習推進」日本生涯教育学会生涯学習研究e事典)クリックして参照。大学教育では次のようなワークショップの効果を主張した。第1に、ワークショップ型授業によって、即自から対自へ、対自から対他者へと学生の気づきが促され、対他者から再び対自や即自のより深い気づきへと循環する過程が明らかになった。第2は、学生の自己決定能力の到達段階の把握に基づく戦略的な指導内容と授業構成の必要性が明らかになった。
 また、「今、何か考えがまとまりそうと思っているときに別のことを言われてわからなくなったりした」という学生の記述に対して、「このような先まで見ている学生には、一斉参加型のワークショップだけでなく、自己内の深い思考のための静寂の時間が必要だといえる。ワークでの他者との交流がかえって自己への気づきにとって邪魔になる場面もあると考えられる」と考察した(ワークショップ型授業の構成要素とその効果−学生の自己決定能力を高める授業方法、『大学教育学会誌』22巻2号、pp.194-202、2000年11月)クリックして参照
 その後、ワークショップにおける自己内対話については、私は、「ワークショップでの対他者の体験だけで自己を質的に高めることはできない」として、「自己内対話をどう促すかという教育的視点」の必要性を提起した。その観点から、カード書きを主とする「空白時間」を算出して、その意義を推察した(西村美東士「出産・子育ての自己決定能力を育む大学授業の方法と効果−女子学生(未来の母親)の社会化を支援する技法」聖徳大学FD紀要『聖徳の教え育む技法』1号、pp.31-49、2006年12月)クリックして参照
 牧野は、2つめに「チーム学校」答申を挙げる(「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について」中教審答申、平成27年12月)。牧野は同答申のねらいを、次のように説明する。先生たちの多忙を何とか解消しながら、先生が教育の専門職として活躍できるような学校の組織の在り方へと変えてくださいという答申である。例えば、いまでも学校には心理職としてスクールカウンセラーが入っているけれども、福祉職としてスクールソーシャルワーカーを入れて、子どもの貧困など福祉的な問題は専門家に任せてくださいということである。それから部活動の指導員なども地域から求めたらどうですかとか、学校の在り方をチームとして考えながら、先生方が教育の専門職として子どもときちんとと向き合えるような学校の仕組みをつくろうとして議論になっている。これも法律が変わっているから、スクールソーシャルワーカーも今は制度化され、あちこちで採用が始まっています。しかし、問題はソーシャルワーカーの資格を取っている方はたくさんいるが、経験が足りないため、学校現場で十分に使いこなせないという議論が出ている。しかし、しばらく経つ中でそれも解消されるのではないかと思う。
 私は、チームとしての学校については、より重要な観点があると考えている。私は、チーム経営(マネジメント)の視点が不可欠だと考えている。すなわち、「能力開発を効果的に進め、結果として対象者の能力を発揮できるような環境を整える」という「能力管理の目的」をもっと鮮明にすることであり、学校経営としては、「教員個人の充実発展」から「組織の充実発展」に軸足を移して推進することが必要であり、「マネジメントなのだから、与えられた条件下で最大の成果を得るように実施することが要」であることをはっきりと打ち出すことが求められているということである(西村美東士書評、森和夫『実践 現場の能力管理:生産性が向上する人材育成マネジメント』日科技連出版社、2020年8月)クリックして参照。ここで重要なことは、教員個人の主体的な「能力開発」を、チームとしての「能力管理」と一体的にとらえなければならないということである。
 3つめは「地域学校協働」答申である(「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」(中教審答申、平成27年12月)。これは、牧野によれば、今までは「学校支援地域本部」といって、学校を地域が支えることを基本にしつつも、学校の中で教育課程を完結させようといってきたのだが、もうそれが無理だということになって、先の2つの答申を受けて、学校と地域が車の両輪のようになって協働しながら子どもを育ててくださいということだと言う。
 今までは地域の方が学校に入っていって、子どもたちに「お話を聞かせたり」とか「過去の経験を伝えたり」とかしていたが、地域に子どもを出してください、あとは「学校で学んだことを地域に応用するような関係をつくってください」とか、それをベースにしながら「地域の在り方も変えてください」というのがこの答申の大きな考え方だと牧野は言う。
 これまであった学校支援地域本部は「地域学校協働本部」に変え、学校と地域の関係を取り持つコーディネーターを置くことになって、社会教育法が変わって、地域学校協働活動推進員という名称が付いている。この推進員が学校運営協議会にも参加することが考えられている。それから、学校教育法はまだ変わっていないが、学校の中にも地域との連携を担当する教職員を置くことが可能になっている。そこに社会教育士を取った方々が活躍できるのではないかと議論されているということである。
 これらの答申の3年後2018年の12月に今度は、社会教育施設、つまり公民館、博物館、図書館や相当施設を特例的に一般行政に移管しても良いという内容を持った答申が出され、社会教育法も、その方向で、分権一括法案の中に組み込まれて改正が終わった。
 牧野は、このことに関して、次のようにプラス面を強調している。国立博物館は既に文化庁に移管になっていて、文科省の直轄ではなくなっていて、これも、当初教育施設ではなくなるのではないかという議論がなされたのだが、結果としては、上野の国立博物館では夜間開館が始まった。また、視覚障害者のために、時間を延長して、全館の照明を点灯して、明るい環境で、絵画を鑑賞していただくという試みも始まっている。この答申を諮問した背景として、牧野は「社会教育施設は遊んでいるのだからもっと金をもうけろ」といわれたと言う。そして、博物館も郷土資料館もいわゆる観光施設として使えといってきたと言う。牧野は、これを逆手にとって組み替えて、という話になって答申が出たという一面があると言う。
 私は社会教育施設が一般行政に移管された場合、次の2つの問題を懸念する。1つめは、地域の総合的な学習拠点としての提供が弱体化するのではないかということである。まちづくり活動が、団体ごとに専門性を高めて、該当する一般行政部局と協働することは歓迎すべきだが、そのまえの自由で多様な選択肢の中でのびのびと学び合い、支え合うことのできる総合性を失ってはならない。2つめは、社会教育専門職の配置、育成、研修、研究が、今まで以上に望めなくなるのではないかということである。これまで述べてきた「生涯学習ではなく社会教育」による住民自治の「社会基盤」としての価値創造の「教育活動」を、生み出す必要があるだろう。

つづく

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